大引啓次現役引退 大引との思い入れを話す

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大引啓次が現役引退を決断しました。

 

ヤクルトを戦力外になり、トライアウトを受け、現役続行を模索していましたが、自身が期限と決めた年内にオファーが無かったため、現役引退を決断しました。

 

オリックスに復帰してほしいと思っていたため、本当に残念でした。

 

 

ここからは個人的に大ファンだった大引啓次選手への思い入れを話したいと思います。

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大引の事を初めて知ったのは法政大学の4年生の時。

 

秋のドラフト前に六大学選抜とプロ野球選抜の試合が行われていました。

 

大引はその試合に1番ショートでスタメン出場。

 

その1打席目に、プロ野球選抜先発の藤井秀悟からいきなり先頭打者ホームランを打ったんです!

 

「プロ野球選手からいきなりホームラン打つなんて、この大学生すごいなぁ」というのが、僕の第一印象でした。

ただ、ドラフト前でオリックスに決まる前でしたので、「ふーん」という程度。

 

当時は阪神が獲得に動くとか記事が出ていました。

 

 

そして、その年のドラフトのオリックスが指名した選手を見ていると、ドラフト3位で大引啓次の名前が!

 

「あれ?この大引啓次って藤井秀悟からホームラン打った人やんな?阪神が獲得するとか書いてたけど、オリックスが獲ったんや。」

というのが、僕の印象。

 

もっと注目するようになったのが、背番号発表の時。

 

なんと谷佳知が着けていた10番をいきなり引き継いだのです。

 

 

僕は谷佳知が大好きでした。

しかし、2006年オフに巨人へトレード。本当にショックだったんです。

 

そして、その10番をその年のドラフトで獲得したルーキーに渡す。

 

上から目線で申し訳ないですが

「谷佳知の10番をつけるってどういうことかわかってるやろな」

と、思ってました。

 

 

しかし、蓋を開けてみれば。2007年の開幕戦。

 

福岡ドームでのソフトバンク戦が相手で、開幕投手は斉藤和巳。

 

その試合にルーキー大引啓次は8番ショートでスタメン出場しました。

 

そして、プロ初打席でいきなりヒット打ったんですよ。あの斉藤和巳から。

 

「おっ!これはすごいルーキーやなあ。谷の10番受け継ぐだけあるわ。」

と、思っていました。

 

 

そして、初めて生で見たのが、2007年のオリックスの本拠地開幕戦。

スカイマークスタジアム(当時の名前)での日本ハム戦でした。

 

その試合でバッティングも守備もすごいなあと思ったのですが、みなさん覚えていますか?大引のプロ初打点となった幻の満塁ホームラン。

 

その試合の終盤、満塁で大引に打席が回ってきました。

 

その打席で大引は左中間に満塁ホームランを打ったんです。

 

しかし、実はレフトのお客さんが身を乗り出して、フェンス越しにキャッチしており、判定が覆ってエンタイトルツーベースになりました。

それが大引のプロ初打点でした。

 

その試合の2打席目にもレフトポール際に大飛球を打っており、バッティングもすごい選手なんだと思いましたね。

 

また、守備でも当時2000本安打を目指していた田中幸雄の、レフト前に抜けるかという三遊間の打球をアウトにしたりと、守備もすごく上手い選手なんだとわかりました。

 

 

また、その年の5月のゴールデンウィークの頃には、打率も3割を超えて、打率ランキング6位まで上がっていたんですよ。

 

プロ1年目は打率.278の成績を残しました。ただ、規定打席には2打席届かなかったんです。

あれはコリンズ監督、もっと配慮してほしかったですね。

 

 

そしてやっぱり小瀬が自殺した時ですね。

 

大引は小瀬の1つ歳上。

小瀬の兄貴分として、更新していたブログを読ませてもらいましたよ。

 

本当に辛かったんだとよくわかります。

 

 

そんな大引ですが、2013年1月23日に日本ハムへのトレードが発表されました。

 

オリックスからは大引、木佐貫、赤田。日本ハムからは糸井、八木の大型トレードです。

 

日本ハムは糸井の契約更改がうまくいってませんでした。

 

糸井が保留したのを見て、オリックスが獲得に動きました。

 

日本ハムのトレード成立条件は大引をつけてくれとのこと。

 

そのため、このトレードが成立してしまいました。

 

何が良くなかったかというと、大引は2012年のシーズン終了後に選手会長になってるんですよ。

 

2013年は大引新選手会長で頼むぞというところなのに、糸井が欲しいがために、トレードで放出。

 

いくら糸井が獲れるといっても、選手会長になったばかりの大引は出してはいけませんよね。

 

 

その大引は日本ハムで2年プレーしたのち、2014年オフにFA宣言しました。

 

獲得に動いたのはヤクルト、楽天、オリックス。

 

オリックスファンとして、オリックスに戻ってきてほしかったですが、選手会長になったばっかりなのにトレード出しておいて、よく獲得に動けるなと思ってましたね。

 

大引も同じ思いだったんじゃないでしょうか。

 

結果、ヤクルトに移籍しました。

 

 

そして、2015年ヤクルトはリーグ優勝しました。

 

そのビールかけでヤクルトのユニフォームの下にオリックスの41番のユニフォーム着ていましたね。

小瀬のユニフォームです。

 

小瀬にもビール浴びせてやりたいという兄貴分としての思いだったんですね。

あのシーンには感動しました。

 

プロ野球人生で一度優勝を味わうことができて良かったですね。

 

オリックスで優勝してほしかったですけどね。

 

 

その大引も2019年で戦力外通告。

 

最後はオリックスに戻ってきてほしかったですが、叶わず残念でした。

 

いつか指導者として戻ってきてくれたら嬉しいです。

 

大引なら必ず良い指導者になれると思います。

 

 

本当に大好きな選手でした。

13年の現役生活、本当にお疲れ様でした!

 

 

 

 

 

 

 

 

今日も最後まで読んでくださってありがとうございます。Be Agrresive

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青波 牛太

投稿者: 青波 牛太

熱狂的なオリックスファンです。1993年から応援しています。 選手では、田口、谷、イチローの外野トリオがとにかく好きでした。 オリックスのブログを書いています。試合見れなかった人でも、僕の日記を見れば、試合内容がわかるということを目標に書いています。 いつか優勝するその瞬間に、オリックスファンみなさんと喜べるよう、一緒に応援して行きましょう!

“大引啓次現役引退 大引との思い入れを話す” への 3 件のフィードバック

  1. 心に響く投稿、読ませていただきました。
    この頃は仕事に入れ込んでいた時期で、すこしオリから離れていましたので大引選手のことには詳しくありませんが、SNSでは皆さん「ビッキー」の愛称で呼ばれていますね。
    若い選手が多いなか、チームのリーダーシップをとれる選手がほしかったですが叶わず、引退は本当に残念です。
    しかし、チームは少しづつですが戦力が整いつつあり、確実に強くなりつつあると思います。これからも全力で応援したいと思います。

    1. 千葉のオリックスファンさん

      大引がずっとオリックスにいたら、絶対キャプテンやコーチ、監督になるような選手だったと思います。
      本当に残念ですよ。

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